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2013年5月19日日曜日

〔異端古代史〕「大化の改新などなかった」説が中途半端に盛り上がってきた


☆645年→646年に変わった大化の改新に「そもそもなかった」説
(週刊ポスト5月24日号)

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130518-00000004-pseven-life

http://www.peeep.us/5e19089b

大化の改新を日本書紀の通り理解すれば、蘇我氏を滅ぼした国内のクーデターによって中央集権国家が誕生したことになるが、実際の改革がもっと後に行なわれていたとすれば、外圧に対する敗北で危機感を強め、国家を改革したという異なる歴史を読み取ることもできる。



☆日本書紀

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80

『古事記』と異なり、『日本書紀』にはその成立の経緯が書かれていない。しかし、後に成立した『続日本紀』の記述により成立の経緯を知ることができる。『続日本紀』の養老4年5月癸酉条には、

「先是一品舎人親王奉勅修日本紀 至是功成奏上 紀卅卷系圖一卷」

とある。その意味は

「以前から、一品舍人親王、天皇の命を受けて日本紀の編纂に当たっていたが、この度完成し、紀三十巻と系図一巻を撰上した」

ということである。

また、そもそもの編集開始の出発点は、天武天皇が川島皇子以下12人に対して、「帝紀」と「上古の諸事」の編纂を命じたことにあるとされる。


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